長谷川さん_ジャック左長谷川さん_ジャック左 長谷川さん_ジャックスマホ
  1. Home
  2. スペシャル
  3. 新潟県が歓喜した日本文理高校甲子園準優勝のドラマを大井道夫総監督が自…

為せば成る ─ 日本文理高野球部 大井道夫総監督 かく語りき

新潟県が歓喜した日本文理高校甲子園準優勝のドラマを大井道夫総監督が自ら語った

高校野球ファンへ捧ぐ 日本文理高校 大井道夫総監督 ロングインタビュー[連載第1回/全9回(予定)]

  • 情報掲載日:2020.08.26
  • ※最新の情報とは異なる場合があります。ご了承ください。

インタビュー完全版、連載開始です!

今年の夏は、甲子園大会が中止となり、高校野球ファンには少し寂しい季節になりました。

そんななか、我が編集部のある新潟では、「夏の甲子園」と言えばやはり、2009年の決勝、9回・2アウト・ランナー無しの場面から奇跡の猛攻を見せてくれた「日本文理高校」の存在が今も脳裏に焼き付いています。その伝説の試合の指揮官だった大井道夫監督(現・同校野球部総監督)を、7月某日、たずねてみました。

グラウンドではちょうど1~2年生が練習中で、バッティングゲージに入った選手に「トップの位置をもっとこうして!~」と、熱く声をかける大井総監督。相変わらずお元気そうで、何よりです。

「今年の選手たちはどんな感じですか?」と声をかけたら、即座に「みんな一生懸命でいいよ!」との返答が。続けて、こうも話してくれました。「今年の3年生は、こういう状況になってしまって悔しいし、残念なはず。(甲子園大会が中止になったと)話をしたとき、泣いている子もいたしね。でもみんな懸命に練習してきたし、それを間近で見てきた俺らは、『こうして野球をやってきた経験は絶対今後の糧になる!』と、みんなに言ったんだ。だから、最後の大会(新潟県独自開催の夏季大会)があってすごく嬉しかった。甲子園にはつながらないけど、最後の夏に試合をやれるのは絶対いい機会になるんだから」。そう、実は3年生にとって最後の、そして最高の思い出となるであろう夏の大会でした──。

前置きが長くなってしまいましたが、その日本文理高校野球部・大井道夫監督に対して、弊社発行のタウン情報誌『月刊にいがた』で過去に掲載したインタビューを復刻──それも当時行なったインタビューでの発言をすべて活字化して皆さんにご覧いただこうというスペシャルな企画を、Web「日刊にいがた」特別特集版としてお送りします。インタビューは2009年に一度、そして監督を引退する2017年に三度行ないました。その内の一本は大井監督のヒストリー的な内容の超貴重なロングインタビュー。このサイトでは全部で六万字に及ぶこれらのインタビューを何度かに分けて随時お届けして参ります。ご期待ください!!

さて、1回目となる今回は、前述した2009年夏の甲子園決勝での歴史的名勝負からわずか2週間後の2009年9月9日に行なったインタビューの前半。あの奇跡のドラマへの軌跡と様々なエピソードを大井監督自らが語った貴重なインタビューです。我々新潟の高校野球ファンにとって忘れられない、あの「最高の夏」がきっと蘇るはず。ぜひお楽しみください!

●聞き手・笹川清彦/原稿構成・棚橋和博(ジョイフルタウン)

最初は全然ダメなチームだった…。

──2009年夏の甲子園大会決勝の大激戦から約2週間。今日のインタビューでは、新潟県民に感動と勇気を与えてくれた文理野球、大井野球の秘密に迫っていこうと思います。

“秘密”ってことでもないんだけどねぇ(笑)。

──(笑)決勝戦から2週間経ち、映像で見ていた僕らも、未だ興奮さめやらぬ感じなんですけど、監督ご自身はだいぶ冷静になってきているところはありますか?

そうねぇ…もう(新チームによる)秋の新人戦も始まっているし、国体もあるし、今はそっちの方で頭がいっぱいですよ。

──そう、今年はちょうど国体が地元・新潟で開催されます。国体と夏の甲子園とは位置づけが違うと思いますが、気持ち的にはやはり本気勝負でいきますか?

もちろんそうですよ。ただ、(国体に出る)3年生には申し訳ないけど、新チームのこともあるから思い切った練習はできてないよね。でも、やるからにはもちろん勝つつもりでやりますよ。

──はい。その今年の3年生中心のチームに焦点を絞って今日はお話をうかがっていきます。まず、ちょうど1年前、このチームが始動した時はどんな印象だったのでしょうか?

うーん…チームがスタートした時は、はっきり言って、「どうなるの?」と思うくらい全然ダメだったね(苦笑)。

──打撃も守備も?

そう、投げる方もダメで――伊藤(直輝)が夏の大会で肩を壊していたし、8月いっぱいは投げれられない状況でしたから。で、打つ方も全然打てなくて…(旧チームからは)2~3人しかメンバーが残ってなかったし、練習試合をやっても、勝ち負けの前にまずヒットが打てない。1試合にポツンポツンと3~4本ぐらいで…子供たちには“火縄銃打線”と言っていたくらいだから(苦笑)。ホント、正直、どうしようかなぁ…このままじゃ秋は戦えないなと思っていたね。で、私なりにいろいろ考えて──とにかく速い球を打たせよう、と。ただ、速い球とか言ったって投げる選手がいないから(苦笑)…マウンドの2メートルほど前から投げさせてみたんです。そうすると、体感速度がだいたい140キロくらいになる。そのボールを打つには、余分な身体の動きがあったんじゃ間に合わないし、(バットの)スウィングスピードがないとボールに負けちゃうんだよね。そういう練習をやらせたんですけど…始めは全く前に飛ばなかった。でも、その打撃練習をずっとやり続けている内に、みんな、だんだん反応できるようになってきたんですよ。まぁ、子どもたちも悔しい思いがあったんだろうね。ウチは、夏休みは毎日9時から練習を開始するんだけど、選手たちはかなり早くからきて素振りなんかをやっていたみたいだしね。

──それは監督の指示というより、選手たちが自主的にという?

そう、自主的にやっていたね。そして、結果が出てきたのが秋の県大会の半ばくらいからかな。

──その2008年秋の県大会は、全試合圧勝というわけではなく、接戦も結構多かったですよね?

そうだね。でも、ずっとその打撃練習は続けていたよね。だから(始めてから)1ケ月半くらい経ってから成果が出始めて、それがピークになったのが北信越大会だね。

──結果的には県大会で優勝し、北信越大会でも優勝して翌春(2010年)の選抜出場を決定づけるわけですけど──つまり去年(2008年)の秋は、監督から見ると全然ダメなレベルから、選手が努力を重ねながらチームとしての成長と手応えを感じ取っていった過程だったという?

これをやって、今の状態を続けていけば結果は出るな、というのは、私もそうだけど、子どもたちも思っていましたよ。それと去年の12月くらいからかな、腹筋・背筋を1日千回やるように指示したんですよ。

──腹筋・背筋を1日千回って…凄い練習量ですよね?

それはヤクルトの青木(宣親)選手が――私の早稲田大学の後輩にあたるんだけど、彼が早稲田の2年生の時に、自ら練習に取り入れたメニューらしいんだ。当時、私の先輩で野村(徹)さんという方が早稲田野球部の監督をやっていてね。その先輩から聞いた話なんだけどね。野村さんに言わせると、青木選手は身体も小さいし、足も速くないし、バッティングも引っぱれないようなバッターで、とてもプロで活躍できるような選手ではなかったと。それをね、たまたま怪我をして2ケ月くらい練習出来なかった時期があったらしくてさ。そこで本人が、毎日毎日、1日千回の腹筋・背筋をやった。そしたら肩も強くなって足も速くなり、スウィングスピードも速くなった。そんな話を聞いたんで、ウチの選手に、「お前達もどうなんだ?」と言ったわけ。まぁ、俺は言うだけで、やるのは子どもたちなんだけどね(笑)。それを最初は強制的にやらせつつ、途中からは、「お前ら、これを続けるんなら、自分の意志でやりなさいよ」と突き放した。だけど子どもらはそれをかなり続けたみたいなんですよ。

──その腹筋・背筋千回というのは、それまではやっていなかった練習なんですか?

やらせなかった。というか、その話を聞いたのが去年の話だからさ(笑)。まぁ、一気に千回はさすがに無理だから、朝と夕方にやれと。練習前と練習が終わってから500回ずつ、とかね。でも、さすがに千回ってのは時間がかかるから…自分でやれる範囲内で、例えば100回やったらひと休みするとか、それぞれに考えながら選手はやったみたいなんだよ。

──なるほど。そういったことがどんどん蓄積されていき、個々の強化、ならびにチーム力の強化につながっていったんでしょうね。

だからね、この夏の大会にあれだけ打線が好調だったのは、そういう練習の影響が多少あると思いますよ。ウチの選手は、体格的にもそんなに優れているわけじゃないからね。

──決勝戦で当たった中京大中京の堂林(翔太)くんや河合(完治)くんみたいな大柄の選手はいないですしね?

そうそう(笑)。閉会式で向こうの選手たちと並んで行進したじゃない? 俺、思わず部長に言ったのよ、「身体つきが全然違うなぁ」って(笑)…だから、ホント、よくやったよね。

──そうですね。で、僕が思うに、日本文理の猛打の背景には、そういった練習はもちろん、まず、今年春の選抜大会で、初戦の長崎代表・清峰高校に完封負けしたことが精神的な起点となっていたように感じるんです。あの試合、ヒットを7本打ちましたが点を取れずに、4対0で完封負けを喫した――その清峰戦の結果に対し、監督はどう思われ、選手にはどんな指示を出されたんでしょうか?

選抜は、最終的にその清峰が優勝するわけですけど――で、(メディアの)皆さんは「清峰のエースの今村(猛)くんからヒットを7本も打ったのは文理だけだ」とおっしゃいましたけど、冷静に振り返ってみると、ランナーが出ると彼は全力投球して146〜7キロを出してくるんです。でもランナーがいないときは抜いているの。ウチらはそのボールを打っていただけなのよ。

──言葉は悪いですが、ナメられていたということですか(苦笑)?

そう、ナメられていて――そういうピッチングだったんです。清峰の吉田監督も試合後に、「こんなに打たれたのは初めてですよ」ってお世辞では言ってくれましたが、私はそれをまともに受け止めなかった。やっぱり一流の投手が全力投球するボールを打てなければ甲子園で勝つことはできないな、と。「じゃあ、なお一層力をつけよう!」と子どもらに言いましたね。

バッティングは打てなくて当たり前──。

──そこから具体的に夏に向けて練習方法を変えたところはあったんでしょうか?

まぁ、具体的にこの練習が良かったってことはなかなか言えないんだけど…ただね、特別なことではないけれど、“1本に集中する”っていうバッティング練習は取り入れましたよ。ツースリー(2ストライク3ボール)の設定で投げさせ、打つ方はストライク/ボールを見極めつつ、1発で仕留めろと。自分が打てると判断したボールが来たときには思いっきり打てと。後は、もし、ストライクを取られても、これは自分の打てないコースだからいいとね。

──それはつまり、1球に対する集中力をいかに高めるかという練習ですね?

そうだね。私がいつも子どもたちに言っているのは、「相手と技術で勝負するな」ってこと。技術で勝負すれば上の者が勝つに決まっているでしょう? しかし、勝負に対するここ(胸を叩く)なら、どんな相手とも勝負できるぞと。要は「気持ちで勝負しろ」と――。その為には、今、あなたが言われた集中力が大事なんですよ。それがあれば、もしかしたらプロが投げるような球も打てるかもしれないんです。自分が打てるって思ったポイントに来ればね。

──ただ、そのポイントに来なかった場合、そしてそれが2ストライク後の1球でストライクを取られたら、結果的にはアウトになってしまうわけで…。

いやね、これもいつも言っているんだけど、バッティングってのは打てなくて当たり前なんですよ。そういう発想から入らないとね。プロだって3割打てば、「いいバッターだ」と言われる──ってことは、10回中7回ミスしても、いいバッターなんですよ。これが親の言いつけを10言って3つしか出来なかったらバカなんだけど(笑)…それだけバッティングってのは難しいんです。その難しいことに挑戦しているんだから、本来は打てなくても当たり前だと。だけど、当たり前のままではダメだから、じゃあ、どうしたらいいか? って考えるところから入れと、子どもたちにはいつも説明しているんです。そしたら例えばね、ピッチャーってのは――やったことのある人はわかると思うんだけど、「ストライクを投げたい」っていうのが本能なんです。だから、なかなかボールからは入れないんです。まず、ストライクを取りたい…するとそのボールは結構甘く来たりする。その甘くなるボールを打ったらどうだと。

──それが初球から来る可能性も高いと?

そうそう。そこでもし、難しいコースに3球来たらしょうがない。10回中3回しか打てないんだからね。だけど、「この次は打ってやるぞ!!」という気持ちが大事なんです。あと、2ナッシングになったら、「このまま無抵抗で終わるのもしゃくだから、3つ目を何とかバットに当てたい!!」とか…そこでファウルで粘っていれば、相手は同じ高校生だから甘い球が来る可能性もある。で、その失投したボールを見逃さないところが大事でね。

──なるほどね。決勝戦・中京大中京戦の9回の攻撃しかり、2ストライク以降の俗に言うクサい球を文理のバッターは意図的にカットしていたようですが、あれもまた…。

いや、ウチのバッターには、そんな(カットする)技術なんてありません。アレはやっぱり「何とか当ててやる!!」という気持ちで――それは、そのツースリーからのバッティング練習がある程度効果があったのかな、とは思いますけどね。

──ええ。で、そういった猛打の話題に隠れていますが、夏の甲子園全5試合で文理高校の守備の失策は3つしかなくて、実は凄く守備も良かったってことが言えると思うんですが?

監督の立場から言わせていただくと、守備はたいして上手くはありません。ただウチが面白いのは、いろんな大学の監督さんが練習を見にくるんだけど、みんな、「文理さんはいつ来てもバッティングの練習をやっていますね」と言うわけ。まぁ、大学の監督さんたちは打撃をやっているところだけを見ているからそう思うんだろうけど、その合間にウチらは守ってるわけですよ。

──ああ、バッティングでちゃんと打たせつつ、その球を捕るという守備の練習も同時にやっているんだと?

そうそう。全員一斉に打たせているわけじゃないから──半分の人間は守っているんですから。私はシートノックは守備の練習じゃないと思っている。むしろ打撃練習の打球を捕る方が練習になると思っていますからね。

──それって先ほどのツースリーのバッティング練習と同じ観点だと感じますが?

そうだね。やっぱり、自分のところへ来るとわかっている10本のノックを受けるより、(いつ来るかわからない)1本の生きた打球を受ける方が、ずっと練習になるんです。

──結局、いかに集中力を高めて効率のいい練習をするかを大事にされているんですね?

だからウチのチームは練習時間が短いです。全体練習はせいぜい1日2時間ちょっとで、3時間までやるのは珍しい方でね。あとは個々の自主練習です。ホント、1日練習なんてやったことがないですよ。あと、試合があった翌日は休みだから…1週間に1回は休みっていう。やっぱりね、怪我人とかいた時には休ませてやらないと。今の子はね、身体は大きいかもしれないけど、弱いんだから。それと、何かこう…「どこどこが痛い」とかすぐ言い出すのよ(笑)。そこで面白いなと思うのは、みんな、「お医者さんにこう言われたからダメなんです」って言うわけ。勿論、お医者さんの言いつけを守るのは悪いことじゃないけど、結局は自分の身体でしょう? こっちは「お前が自分で“やれる!!”と思ったなら、やったっていいんじゃないの?」って思うんだけど…なかなかできないんだよねぇ(苦笑)。

──そんな風に、監督の考え方と選手たちの考え方にギャップがあったりすると、それがひとつのバトルになったりするケースもあるんでしょうか?

いや、そこまでにはならない(笑)。やっぱり、監督が言ったことに対して子どもたちは絶対だと思っていてるみたいだからね。

──なるほど(笑)。

父兄の皆さんも、「親より監督さんが言った方が子どもは言うことを聞きますから、厳しく言ってやってください」ってよく言われます(笑)。でも私は、無理強いはしないですよ。今の選手たちは自分の子どもより若い…年齢からすると孫みたいなもんだしね(笑)。ただ、意識しているのは、よく対話はします。例えば、ポジションを変えるとかバッティングフォームを変えるとか、そういうことをしようとする時には、必ず本人と相談しますね。

──トップダウンで、「お前ら、こうしろ!!」って形にはしないんですね?

それはやらない。ただ、私も年の功でズルいところがあるから…例えば、「この子はピッチャーじゃなく野手をやらせたいな」と思う時は、練習試合とかで、その子が投げたら間違いなく打たれるであろうチームを選んで先発させるんです。そうすると大体滅多打ちに遭う――その辺は長年の経験でわかるんですよ(笑)。で、今、中央学院大学に行っている長谷川(徹)。春の選抜でベスト8になった時のキャプテンなんだけど、彼はもともと「誰が何と言おうとピッチャーをやりたい!!」って子だったんです。だからその時も、長谷川が投げたら間違いなく打たれるってチームの試合にわざと先発させて…案の定、滅多打ちされてしょんぼりしているところに「どうだ長谷川。ショートをやってみるか?」と言ったら、素直に「はい」って言った(笑)。それからずっと彼はショートになったんですけどね。

第三者から見れば、もう勝負はあったようなもの

──何事も、自分自身が納得して向かわないと良い結果が出ないってことですね?

そう。あの子なんか、入ってきた時からこっちは内野手向きだと思っていたんだけど、当の本人はそうじゃないっていう。あと、高校野球で難しいのは、3年生がメインの試合で下級生を使う時もそうで――まず、3年生に認知させなきゃいけないわけ。だから逆の発想で、「この1年生を絶対使いたいな」って思う時は、その子なら必ず打てるというチームと対戦する時に使うの。そこで間違いなく打つ――そうすると3年生は「おっ、あいつ、いいじゃないか」となるから。

──今年のチームで言えば、湯本(翔太)くんとかはその例ですね?

そう。最初は、湯本が絶対打てるピッチャーのチームとやる時に先発させてね。そうすると3年生は認知するし、打てば本人も自信になる。あと、高橋洸っていう1年で甲子園のベンチ入りしたピッチャーなんかも、この子なら抑えられると思うチームを選んで投げさせたんです。そしたら結果を出して、3年生の方から「監督、ぜひ高橋をベンチに入れてやってください」ってお願いされたんですよね。

──そういう選手の操縦術については、失礼な話、最初からそういう感じではなかったんだろうな、とも思うわけですが…。

そりゃそうだよ(笑)。いろいろ経験していく中で、だよね。

──力づくでやってもしょうがない――でも、監督に意志がなくてもしょうがないし、っていう。結局、人として、いかに選手と向き合うかってところが大事なんでしょうね?

うん。あとね、今、自主練習を朝6時半頃からやっている選手が多いんだけど、どんな時でも監督が来て見ていなきゃダメだなと。私らも朝はキツいけど、「ああやって監督も見てくれているんだな」って子どもたちにはわかるし、実際、監督室から見ていて、ちょっとした動きが気になったら私は言うんですよ。外野の動きが少し遅れた時にね、「おい、レフト!! ちょっとこっちに来なさい」って。そこから「何でこんなところまで監督は見ているんだろう?」って思うのが、全員に伝わるわけですよ。

──そういう選手とのコミュニケーションという面で言うと、今回の甲子園でも、選手の起用面で中村(大地)キャプテンが監督に進言した場面が何度かあったと聞いています。例えば、3回戦の日本航空石川戦。報道によれば、終盤、監督自身は点差もついたことだし控えのピッチャーを出したかったところを、中村キャプテンが「伊藤を最後まで投げさせて欲しい」と監督に言ったとか…。あと、決勝戦の9回、石塚(雅俊)くんが代打で出る場面も、報道によると監督は2年の平野(汰一)くんを代打で使いたかったんだけれども、中村くんから、「石塚は誰よりもバットを振ってきたのを僕らは知っています。だからぜひ代打で出して欲しい」との進言があったと。このふたつは事実なんでしょうか?

ええ。間違いないです。

──その進言を聞いて受け入れる監督っていうのが素晴らしいですよね? 普通、選手は監督の指示が絶対的なものだと思っているところがあるはずですが?

勿論、最終決断は私がしますけど、そういう雰囲気を選手から言わせるようにならなきゃダメなんじゃないかな。キャプテンを決める場合もね、無理矢理私が、「お前、やれ」とは言いません。ウチは3年生が引退する時に2年生の次期キャプテンと副キャプテン2名の案を決めて持ってきますし、2年生は2年生で集まって自分たちで決めたものを私に持ってくるんです。それを参考にしながら最終決定は私がするんだけど、それが今のチームは中村だったし、(来年の)新チームの場合は今の3年と2年の考えがピッタリ合っていて、私も「(高橋)隼之介しかいないな」と思っていたので、それで新チームはスタートしたんですけどね。

──なるほど。で、さっきの、監督の指示に対して「こうなんじゃないですか」って選手に言わせる雰囲気作りが大事だという話に戻るんですが、それを受けて考えを変えられる監督ご自身の柔軟性が凄いなと思うんですが?

いや、私だって、いろいろ試行錯誤をしているわけですよ。当然、ダメで却下する場合もあるし。やっぱり大事なのは選手ときちんと向き合うことじゃないかと思いますよ。伊藤なんかにしても、今でこそああいうピッチングができるようになったけど、去年の秋、明治神宮大会(2008年11月に開催。日本文理は一回戦で北海道地区代表・鵡川高校相手に6対11で敗退)の後に、「お前、ピッチャーはクビだ!!」って俺に言われたんだから。でも、内心、本気で言ったんじゃないのよ。あの子がそう言われてどんな反応をするかを見たわけ。ホント、ズルいんだけどね(笑)。そしたら、次の日、伊藤が私のところに来て、「監督…もう一回ピッチャーをやらせてください」と言ってきましたよ。私は、「まだピッチャーに未練があるのか?」と聞いたんです。そしたら、「はい」って言うから、「…ただ、今のピッチングじゃ通用しないのは自分でもわかるよな? 何が必要だと思う?」と聞いたら、「もう1球、変化球をきちっと覚えて、もっとコントロールも良くしなきゃダメだと思います」と伊藤は言ってきて。で、「よし、わかった。おまえが本気になってそう思っているのなら、もう一回チャンスをやろう」と。

──その新たな変化球会得とコントロールの重要性は、監督の意見と一致したものだったんですね?

そう、そこを伊藤ときっちり話したうえで、「それならもう一回やってみろ!」って。そこから伊藤の気持ちも明らかに変わりましたよね。新しくチェンジアップも覚えたりしたし。

──そのチェンジアップについてですが――夏の甲子園では伊藤くんのピッチング上の大きな武器になっていましたが、実はあのボール、夏の新潟県大会ではほとんど投げていないですよね?

そう、伊藤はその新しく覚えたチェンジアップを1球も投げてないんですよ。これは後から私も知ったんですけど、最初から、「甲子園に行ったら投げる」と決めていたみたいで――。だからね、はっきり言って相手を見下しているし、(県内の)他のチームからしてみりゃ頭にくるよね(笑)。新潟で勝つのは当たり前で、俺達は甲子園で勝つんだと。監督はそんな風に構えているわけにはいかないけど、当の本人たちはそう思って戦っていたというんだからね…。

──そんな話を聞くと、この夏、(実質的には全試合コールド勝ちという)あれだけ圧倒的な成績で新潟県大会を勝ち抜いたのも頷ける気がします。選手達たちは、その先に見ているものが明確にあったっていうわけですね?

うん、そういう意味で言うと、第三者から見れば、もう勝負はあったようなものだよね。気持ちが違うんだもん。それはホント、私もたまげましたけどね(笑)。

(次回に続く)


第2回「2009年夏・甲子園準優勝―決勝・9回ツーアウトからの奇跡」は、9月5日頃の公開予定です。

この記事はどうでしたか?

Facebookでも情報を配信しています。
ぜひフォローをしてください。

関連記事

SNS