南部のソウル&ロックのテデスキ・トラックス・バンドに続き紹介するのは、
全くの真逆の音楽ジャンルとも言える、
プログレッシヴ・ロック・バンドの代表格、キング・クリムゾンです。
以前もこのコラムで書きましたが、
僕は中学~高校の頃、ラジオを聴きノートにヒットチャートをつけ、
さらに音楽雑誌を読みふける日々を送っていました。
70年から75年くらいまででしょうか。
モータウンのヒット曲やビートルズなど、ちょっと前のヒット曲をも楽しみつつ、
何か面白いものはないか? と、飢えているかのごとく様々なジャンルの音楽を聴いていました。
ファンクのスライ&ザ・ファミリーストーンの後にピンク・フロイドを聴いたり、
日本のフォークを聴いてみたり、背伸びしてジャズを聴いてみたり、
まさに雑食のオーディエンスでした。
多分、60年代後半から70年代中期にロックやポップス、ソウルを
聴いていた音楽ファンは、おそらくみんなそんな感じだったと思います。
そんな中、シングルヒットはほとんど持たないけれど、
アルバム一枚でコンセプチャルな異彩を放つプログレッシヴ・ロックというジャンルの
音楽が流行り出したのは、僕が中3か高校1年頃だったと思います。
最初はピンク・フロイドの『おせっかい』やムーディーブルースの『童夢』でした。
特に『おせっかい』のレコードの片面約20分を使った『エコーズ』という曲が大好きでした。
単純なビートロックではなく、霧が立ちこめているような、独特な、
もやぁーっとした雰囲気は、今まで聴いたことのないロックでした。
それをきっかけに、そのジャンルの定番と言われる多くの作品を聴きました。
キング・クリムゾン『クリムゾン・キングの宮殿』、エマーソン・レイク&パーマーの『展覧会の絵』、
イエスの『こわれもの』など…キャメルやキャラヴァンなど、少しマイナーなものにも手を出しました。
その中で僕が特にのめり込んだのがイエスでした。
ブログレッシヴ・ロックというジャンルの中で、特にイエスは切れ味鋭いソリッドなサウンドと、
美しいコーラス・ワーク、そして何よりもこのジャンルで他のバンドにはない、
明るさが特徴で、聴きながら気持ちが高揚していくのが自分でもよくわかりました。
イエスが世界的なブレイクを果たしたアルバム『こわれもの』に続きリリースしたのが『危機』というアルバムです。
ピンク・フロイドの『エコーズ』のような、レコードの片面を使ったタイトル・トラック『危機』は、
まさに、スリリングという言葉が似合う素晴らしい構成で、昔も今も、常にコンスタントに聴いている大好きな曲です。
その、スリリングさを出す最大の勝因は、ビル・ブラッフォードというドラマーと、
ベースのクリス・スクワイアの、ふたりのリズム隊が作り出す、ハネるような躍動感です。
グルーヴと言ってしまえば簡単なのですが、それでは片づけられない、リズムです。
技巧派でありながら、ポップさ、美しさ、ふたつの楽器のバランス──非の打ちどころのない鉄壁のリズム隊です。
ところがです。ドラムのビル・ブラッフォードは、この『危機』を作り終えたら、
あっさりとイエスを脱退してしまいました。『危機』の曲を一度もライヴを演らずにです。
理由は、「キング・クリムゾンに入りたかったから」でした。
僕は当時、このジャンルのロックの中では完全なイエス派でしたから、かなりのショックを受けました。
さらに、ビルの後釜としてイエスに加入したのがジョン・レノンの『イマジン』等を叩いている、
セッション・ドラマーだったアラン・ホワイトでした。彼が加入しすぐにリリースされたライヴ・アルバム
『イエスソングス』を聴いてがっかりしました。いわゆる大味なドタバタとしたドラムで、
ビルとは正反対のタイプのドラマーだったからです。
当時のビルの脱退劇は、マネージメントサイドにとっても寝耳に水と言ったような状況で、
「辞めるなら、アラン・ホワイトにドラムセットを買い与え、さらに幾らかの金を置いていけ」と、
ある意味、恨み節のような難題をビルに投げつけます。
しかし、ビルはそれをあっさりと受け入れ、キング・クリムゾンへとまっしぐらでした。
イエスというバンドは、方向性が違うと思うと、そのメンバーを首にすることで有名ですが、
ビル・ブラッフォードの脱退だけは、それとは異なる事件でした。メンバーもショックだったようです。
さて、ビル・ブラッフォードが加入したキング・クリムゾンですが、
ギターのロバート・フィリップが、それまでのクリムゾンを捨てて、
新たなコンセプトでバンドをスタートしようとしていた時期でした。
のちにエイジアを結成し大成功を収めることになる、元ファミリーの
ベース&ヴォーカルのジョン・ウエットン、フリージャズバンドなど、
様々なバンドで活動していたパーカッショニスト、ジェイミー・ミューア、
のちにロンドン・メトロポリタン大学の音楽講師も務めるヴァイオリニスト、
デイヴッド・クロスという新たなメンツでバンドは再スタートを切ります。
その第一作目となるのが今回紹介する『太陽と戦慄』です。
僕の興味は、ビルがイエスを辞めてまで入った新生クリムゾンが、
どんな作品を作り上げるのか? の一点だけでした。
初めて聴いた、『太陽と戦慄』は、
ソリッドでドラマチックなイエスの『こわれもの』や『危機』と比べると、
どこか捉えどころのない、ちょっとよく分からない作品でした。
ビルはこんなことがやりたくてイエスを辞めたのか? とも思いましたが、
何度か聴いていく内に、とてつもない噛み応えのある作品だということがわかりました。
キング・クリムゾンのこの時期の特徴は、緊張感と得たいの知れない怖さが8割、
そしてその緊張感を解きほぐす解放感が2割という絶妙なバランスで構築されていました。
ギターのロバート・フィリップはこの時期、パーカッシヴなロックを即興=インプロヴィゼーションで
やりたいとの意図があり、そこでジェイミー・ミューアとビル・ブラッフォードに声を掛けたといいます。
ビルは、イエスの完全なる構築美よりも、そこで何が起こるのか分からない、
緊張と解放という、ある種の自由さと、技術の向上に魅力を感じ、
この新生クリムゾンに参加したのかもしれません。
『太陽と戦慄』以降リリースされた、『スターレス・アンド・バイブル・ブラック』、
そして『レッド』の3作は必聴です。3作とも、緊張と解放のバランスが見事だからです。
この時期のライヴは特に素晴らしく、のちにこの時期のライヴがボックス・セットでリリースされたほどです。
ベースのジョン・ウェットンは既に他界してしまいましたが、
『太陽と戦慄』収録の『ブック・オブ・サタディ』、『レッド』収録の『フォーリン・エンジェル』の
叙情感溢れるヴォーカルは見事です。緊張感漂うサウンドの中で、ある種のオアシスとも言える、
まさに解放を象徴する、見事な楽曲です。
さて、キング・クリムゾンはそれ以降も、幾度となく様々な編成で歴史を積み重ねます。
近年はトリプル・ドラマーの8人組で活動していますが、
この編成のライヴ盤を聴いて、まぁ、素晴らしいとは思うのですが、
クリムゾン最大の魅力である緊張感と得たいの知れない怖さというのは微塵もありません。
うまいなぁ…とは思うのですが、僕はそれをクリムゾンには求めていません。
これから大金を手にするであろうことが予測出来た、
あの時期のイエスを辞めたビル・ブラッフォードの思いが、今だからこそわかります。
そんなビル・ブラッフォードですが、今は、表舞台に立つことを辞めてしまったのが残念でなりません。