「僕にとってのロック名盤八十八作品」なるコラムの第5回目です。
大学進学と共に僕が暮らした町は千葉県の柏市というところです。とても暮らしやすい、いい町でした。僕にとって第二の故郷が柏です。今でも時々、ふらりと訪れたい町です。
住んでいたアパートの割と近くにあった庶民的なスーパーに通っている内に、そこの御主人といつの間にやら仲良くなりました。
御主人は大のジャズ好き。僕は大のロック好き。
お互い、どんなアーティストを聴いているのか雑談をするようになりました。
僕は当時、ほとんどジャズは聴いていませんでした。マイルス・デイヴィスの『カインド・オブ・ブルー』はいいなぁと思ったけれど、『ビッチェズ・ブリュー』は何だかよくわからないという、そんな程度です。さらに、有名な人の作品しか聴いていませんでした。
キング・クリムゾンとかのプログレも大好きでよく聴いていましたし、プログレじゃないけれど、フランク・ザッパにもかなりのめり込んで聴いていましたから、
割と難解と言われているものに対しても、面白いと思えば抵抗なく聴いていましたね。
でも、マイルスの『ビッチェズ・ブリュー』は……今でもよくわかりません。
だから、僕がジャズを語れるような、そんな知識は昔も今も持っていないってことですね。
お金をつぎ込んでいたのは99対1の割合で圧倒的にロック作品でしたから。
ところがある日、大好きなギタリスト&ヴォーカリストのライ・クーダーが、
『ジャズ』というタイトルで新作をリリースしたのです。僕にとっては大事件でした。
うん? 何でライがジャズ? って感じです。恐る恐るターンテーブルに乗せ、針を落とした瞬間、
流れてきた音を聴いて、これがジャズと言うなら、めちゃくちゃジャズっていいなぁと子供ながらに当時思いました。
ライ・クーダーは『ジャズ』をリリースする前に、『ライ・クーダー・ファースト』、
『紫の峡谷』『流れ者の物語』『パラダイス・アンド・ランチ』、
『チキン・スキン・ミュージック』の5枚のオリジナル・アルバムをリリースしていましたが、どれもが素晴らしい作品ばかりです。
トラッドミュージック、フォーク、ブルース、ゴスペル、テックス・メックス、ハワイアンと、微妙に音楽ジャンルを広げ、
それぞれのアルバムで違った音楽の魅力を掘り下げていました。
ただひとつ、全作品に共通しているのは、ほとんどがカバー曲だったということ。
オリジナルは2~3割。それが、かなりマニアックな選曲のカバーでありながら、
さらに、原曲を上回る、ライ・クーダー色に染め上げてしまっているのも特徴です。
ほとんど、彼のオリジナルと言っても過言ではないほどの高クオリティ。
ミュージャンである前に、ひとりの音楽ファン丸出しの姿勢ってやつです。
特に様々な音楽ジャンルのルーツを辿る旅をライは常にしているって感じですね。
その中で見つけた、大好きな楽曲を楽しんでカバーするというスタイルは、
彼独特のアイデンティティと言えるでしょうね。
で、『ジャズ』ってタイトルだし、例のスーパーの御主人はこれをどう聴くのかな?
と思い、スーパーの閉店を待ち構え、彼の部屋でこのレコードを一緒に聴くことになりました。
少しして、彼が発した言葉は、
「せーんぜん、ダメ。だってスウィングしてないじゃん」でした。
僕はしょんぼりして、「スウィングって何だろう?」ってその時に思ったのでした。
のちのち聴くことになる、カウント・ベイシーやデューク・エリントンとかの、
ビッグバンド系の、あの体を揺らされるような感じがスウィングだと言うなら納得だけど、
ピアノでもギターでもサックスでも、例えばソロでの演奏で、それがスウィングしているのか、
していないのか、実は、僕にはよくわかりません。
でも、「スウィングしてなきゃジャズじゃない」ってジャズファンは言うじゃないですか?
あれって個人の感覚なんでしょうかね。
ロックで言うなら、ジミ・ヘンドリクスのリフ全開のナンバーを聴くと、まさに、グルーヴしているって感じがよくわかる。
スウィングとグルーヴも、きっと同じような意味なんだろうけど…。
ここは、「お前、何もわかっちゃいねーよ」っていう、
突っ込みどころでしょうね(笑)。
のちにライの『ジャズ』の元ネタを聴くに至り、なるほどと思ったのは、
いわゆるビッグバンドのスウィング・ジャズが流行る以前の、ブルース、ラグタイム系のジャズ作品を取り上げていたわけで、
そうなると、「スウィングしてないじゃん」発言になるのは当然なんでしょうね。
つまり、スーパーの御主人は創成期のジャズには興味がなかったということなんでしょうね。
さて、本題はライ・クーダーの『ジャズ』です。この作品、
一曲目の『ビッグ・バッド・ビル・イズ・スウィート・ウィリアム・ナウ』を聴いた瞬間、
これで決まり!! って思いました。もう、ライ・クーダーの世界全開でしたから。
ラグタイム風のこの曲は、1929年にリリースされた、エメット・ミラーという人のカバー曲。
のちに原曲を聴いたのですが、ライは割と忠実にカバーしています。
エメット・ミラーという人は白人で、ファルセットなんかも駆使してこの曲を唄っていますが、ジャズっぽさとカントリーっぽさをミックスした、ちょっとコミカルな唄いっぷり。
勿論、エメット・ミラーなんて
ライがカバーしてくれなかったら知る由もない大昔の人。
一体どこからこんな素敵な曲を見つけてくるのか、
懐の深さに驚くばかりです。
2曲目の『顔を見合わせて』と
5曲目『ハッピー・ミーティング・イン・グローリー』、
ラストの11曲目『いつか幸せが』の3曲は、
バハマのギタリスト、ジョセフ・スペンスの曲。
3曲目は、ジェリー・ロール・モートンの
『ザ・パールズ』と『ティア・ホァナ』の2曲をつなげ、
ライがギター、マンドリン、
ティプル(主に南米のフォークミュージックで使われる民族楽器)、ハープを駆使し、ひとり多重録音で聴かせてくれます。
ジェリー・ロール・モートンはニューオーリンズ出身のピアニストであり、
ブラスを従えたバンドリーダーでもあり、作曲家でもあります。
彼は、「僕がジャズとスウィングの創始者である」
と自ら言っていたという、噂ありの人です。
本当かいな(笑)。
ライはこの曲を多国籍な匂いのする、
ごきげんなアレンジと演奏で聴かせてくれます。
つまり、ニューオリンズ、メキシコ、コロムビア、アルゼンチン、それぞのルーツミュージックを掛け合わせた、
言わばごった煮こそジャズだとライは言いたくて
『ジャズ』なんてタイトルをつけたのかもしれません。
4曲目の『夢』はジャズ・ピアニストものアール・ハインズをフィーチャー。
彼は前作『パラダイス・アンド・ランチ』でも参戦した、ライの大好きなピアニスト。
ライのアコギのスライド、そしてマリンバを入れ込むことで、
どこか怪しく、でもちょっとコミカルな作品に仕上げています。
これも見事なテイク。ロック・フィールドの作品でマリンバやビブラフォンを上手に使うなんて、
ライとフランク・ザッパくらいのものです。
6曲目の『インナ・ミスト』、7曲目『きらめき』、
8曲目『ダヴェンポート・ブルース』は
ビックス・バイダーベックというコルネット奏者でありピアニストであり、
作曲家でもある人。1920年代というジャズ創世記に活躍した人です。
『インナ・ミスト』と『ダヴェンポート・ブルース』はビブラフォンとクラリネットを効果的に使った、僕にとって最もジャズを感じる温もりある曲。
いやぁ、このまま盛り上がって原稿を書き綴っていくと、
全曲解説になってしまうので(笑)…そろそろまとめに入ります。
ライ・クーダーは、とにかく優れたミュージシャンであるのは勿論だけど、
優れた音楽ファン=優れた音楽研究家でもあるのだなぁと、
毎作ごとに思わされます。
そんな彼の研究素材を元に作り上げた作品から、
それらを作った人のことまで知れる、有難い人。
まさに、インテリジェンス溢れるミュージシャンですね。
ホント、彼のお陰で様々なアーティストを沢山教えて頂けております(笑)。
さて、ライ・クーダーは既に71歳。
つい先日、6年振りとなる新作、
『ザ・プロディガル・サン』をドラマーの息子、
ホアキム・クーダーと共に作り上げました。
映画のサントラ盤ばかりを作っていた頃は、
うーん? …と思ってしまう作品ばかりを連発したライですが、
この新作は、まさに、「お帰りなさい!!」と言ってあげたくなる作品でした。
彼らしく、約8割がカバー曲。オリジナルは2割。
そういう、音楽ファン=研究家としてのスタイルは普遍です。
こういう作品は何と言っても良い音で聴きたい。勿論、僕はアナログ盤で購入しましたよ。
出来れば『ジャズ』もアナログ盤で聴いて欲しいなぁ。