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棚橋和博音楽コラム 僕にとってのロック名盤八十八作品

【第4回】『サムシング/エニシング?』トッド・ラングレン

まるで魔法使い!! 70年代にリリースしたトッドの作品には万華鏡のようなポップ・マジックが宿っています

  • 情報掲載日:2018.06.26
  • ※最新の情報とは異なる場合があります。ご了承ください。

「僕にとってのロック名盤八十八作品」なるコラムの第4回目です。

高校1~2年の時に、僕は新潟市の白山神社近く、上古町にあったヘイワ音響というレコード店でアルバイトをしていました。
理由は簡単で、いつでも好きなだけレコードが聴けるから(笑)。
「バイトをやらせてくれませんか?」と無謀にもアポなしでお店を訪問しました。
右も左も分からない、まだ子供だった僕をバイトとは言え、
よく雇って頂けたなぁと思います。大人になってから、ヘイワ音響の社長さんにお会いする機会があり、
「あの時はお世話になりました!!」と言うと、優しい笑顔と共に懐かしんで下さいました。
あのバイト経験は僕の大事なルーツのひとつです。

当時、ヘイワ音響には寺下さんというお姉さんがいて、
仕事のほとんどをその寺下さんに教えてもらいました。
最初はちょっと厳しめの感じの人だったけれど、日々過ごす内に、
彼女もロックやポップスが大好きだということがわかり、
いろんなバンドやアーティストのことを話していたことを思い出します。

ある日、寺下さんは、「私、見たいライヴがあるからアメリカに行ってくる」
と言って長めの休みを取って突然出掛けて行きました。
それは1973年頃のことだったかなぁ…。
「誰のライヴ?」と聞くと、「(グレイトフル・)デッドよ」と言われたものの、
高校1年生当時の僕にとってグレイトフル・デッドは未だ聴いたことのないバンドでしたから、
当時は、「ふーん…」てな感じでした。
アメリカ? 遠い、遠い、でも、憧れの地でしたね。
後々、デッドを聴くようになり、
あのバンドは向こうに行かなきゃ見れないバンドだったんだなぁと今になって思います。
結局、日本で彼らの公演が行なわれることは一度もなかったですからね。

寺下さんが旅から帰って来て、「向こうでこんなレコードを買ってきたわ。貸してあげる」と言われて
渡されたのがドン・ニックスの『ホーボーズ、ヒーローズ&ストリート・コーナー・クラウンズ』と、
トッド・ラングレンの『サムシング/エニシング?』でした。
両者とも、名前は聞いたことがありました。日々、音楽雑誌を読みふけってましたからね。
ギタリストのジェフ・ベックが彼の曲をよく取り上げていましたしね。
でも、高校生にとってメンフィス出身かつR&Bルーツを持つ、
激渋のおっさんの作品はハードルが高かった。後に、渋いけどメロディの甘さに魅かれ、
結局、ドン・ニックスの作品を揃えることになるんですけどね…。

 

 

当時、僕の心を捉えて離さなかったのは、トッド・ラングレンの『サムシング/エニシング?』の方でした。
アルバムのトップを飾る『アイ・ソー・ザ・ライト』は当時全米チャートを賑わした3分間のポップ・チューンで、
まさにブルーアイドソウル!! 白人でありながらソウルのキラキラした装飾をまとい、それをテンポアップさせ、
心地よい曲に仕上げた傑作曲です。続く2曲目の『所詮は同じこと』はミディアムのとろけるようなメロウ・チューン。
以下、『冷たい朝の光』『イット・テイクス・タンゴ』『スイート・メモリーズ』『ブレスレス』『マーリン』
『トーチ・ソング』『風に舞うほこり』『ハロー・イッツ・ミー』『ユー・レフト・ミー・ソア』と、
これでもかと、彼のスイートなメロディ&歌攻撃が満載の2枚組です。

当時このアルバムは日本ではリリースされておらず、寺下さんから借りたレコードをカセットに録音して、
幾度も幾度も聴き続けました。大学進学で東京で暮らすようになってから、
日本ではリリースされていなかった作品も含め彼の全てのレコードを買い集め、
さらに、プロデューサーやエンジニアとして活躍していた彼の手掛けた作品をも全て集めるに至りました。
バッド・フィンガー、グランド・ファンク・レイルロード、ザ・バンド、XTCと言ったメジャーなバンドから、
一体誰? とすら思うマイナーなバンドまで…彼が関わった作品は40~50作に及びます。
もはやトッド狂と言うか、研究家か? とすら言っていいほどまでトッド・ラングレンのことが好きになっていました。
そうなるきっかけを頂いたのは、その、ヘイワ音響にいた寺下さんでした。
随分お会いしてないけれど、元気にしているのかなぁ。

さて、今のトッド・ラングレンですが、ズバッと言いますが……彼の才能は枯れてしまいました。
研究家としては、今もなお、新作をリリースする度に購入し聴き続けているのですが、二十年以上も、
良いと思える作品は一枚もありません。『サムシング/エニシング?』より前にリリースした、
デビュー作『ラント』、2ndアルバム『ラント・ザ・バラッド・オブ・トッド・ラングレン』
そして、『サムシング/エニシング?』のリリース後の4thアルバム『魔法使いは真実のスター』
5thアルバム『トッド』──この、70年代にリリースした5作を聴いて頂けたら、もう、充分です。

『ラント』
『ラント』
『ラント・ザ・バラッド・オブ・トッド・ラングレン』
『ラント・ザ・バラッド・オブ・トッド・ラングレン』
『魔法使いは真実のスター』
『魔法使いは真実のスター』
『トッド』
『トッド』

のちにユートピアなるバンドを結成しプログレからビートルズのオマージュ作品のリリースをしたり、
ソロとしてはコンピュータ・ミュージック、ブルース・ギタリスト、ロバート・ジョンソンのカバー作品などなど、
もう、何でもかんでもやりまくったミュージシャンですが…さらにズバッと言いますが、その辺は聴かなくとも良いです(苦笑)。
コアファンだからこそ敢えて厳しいのです。しつこいけど、トッド・ラングレンの才能は枯れてしまいました。
でも、何故、新作を何十年も買い続けるかと言えば……やっぱり、その才能は枯れていないはず…と思いたいんですよね。
ファンというのは悲しい生き物です。それほど彼の『サムシング/エニシング?』は僕の心を虜にしたのです。

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