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【インタビュー】13年で25軒。松原タニシは事故物件で何を「知った」のか…

新刊『事故物件生活 恐い日常』を紐解く

  • 情報掲載日:2026.10.13
  • ※最新の情報とは異なる場合があります。ご了承ください。
松原タニシ(まつばら たにし)/1982年、兵庫県神戸市生まれ。松竹芸能所属。2012年、テレビ番組の企画をきっかけに大阪の事故物件で暮らし始める。その後、「事故物件住みます芸人」として活動を続け、これまでに借りた事故物件は全国で25軒。著書に『事故物件怪談 恐い間取り』『異界探訪記 恐い旅』『冥途探訪記 死の旅』『事故物件生活 恐い日常』など
松原タニシ(まつばら たにし)/1982年、兵庫県神戸市生まれ。松竹芸能所属。2012年、テレビ番組の企画をきっかけに大阪の事故物件で暮らし始める。その後、「事故物件住みます芸人」として活動を続け、これまでに借りた事故物件は全国で25軒。著書に『事故物件怪談 恐い間取り』『異界探訪記 恐い旅』『冥途探訪記 死の旅』『事故物件生活 恐い日常』など

「事故物件住みます芸人」という異色の肩書きを持つ松原タニシさん。テレビ番組の企画から始まった事故物件での暮らしは13年に及び、これまでに借りた物件は25軒にのぼる。だが、もし事故物件に住むことだけが目的だったなら、果たしてこれほど長く、これほど多くの物件を渡り歩いてきただろうか——。

このたび刊行された新刊『事故物件生活 恐い日常』には、さまざまな背景を持つ事故物件での生活を通して、「そこに住んだら何が起きるのか」「なぜ人は恐れるのか」「事故物件とはなんなのか」を探る過程が綴られています。本書を読み進めると、その歩みが13年間で25軒にまで及んだのは、「事故物件住みます芸人だから」ではなく、その肩書きを背負ったのが「松原タニシ」だからこそなのだと思えてきます。

事故物件に「住む」、そして「知る」ことを続けてきたタニシさん。その“恐い日常”を入口に、13年の日々から見えてきた「恐怖」と「自分」について話を伺いました。

『事故物件生活 恐い日常』(二見書房)。13年間にわたる事故物件での日常や実体験を一冊に。なぜ事故物件に住み続けてきたのか、自身の歩みをたどる最新刊
『事故物件生活 恐い日常』(二見書房)。13年間にわたる事故物件での日常や実体験を一冊に。なぜ事故物件に住み続けてきたのか、自身の歩みをたどる最新刊

表紙絵画との出会い

——まずは表紙について聞かせてください。とてもインパクトのある装画ですが、こちらはタニシさんが選んだものなのでしょうか?

そうですね。もともとは出版社の方が別の絵を候補に挙げていて、それもいいなと思ったんですが、僕は当初からこの絵を推していたんです。

——この絵を推した理由はなんでしょう?

少し話が遡るんですけど、2年前に出した『恐い怪談』という本で、メキシコで活動されていた画家の坂元唯(さかもと ゆい)さんの絵を装画に使わせてもらったんです。いろんな意味の恐いものがたくさん描かれた作品で、「すごくいい絵だな」と。その坂元さんが昨年、亡くなられて。

メキシコには、日本のお盆みたいに、亡くなった人が家族のもとへ帰ってくるとされる「死者の日」というものがあって。昨年のその時期に、坂元さんのご家族に会いに行ったんです。その時、同じく画家である奥さんの坂元絵菜さんがちょうど展覧会をされていて。展示室の前には、坂元さんの「オフレンダ」(死者の魂を現世に迎えるために作られる祭壇)があったんです。そこにはマリーゴールドや骸骨の置物、坂元さんが好きだった日本のアニメやヒーローのおもちゃなんかが並べられていて、「ちゃんと坂元さんを迎える準備をしてるんだな。死者の日に会いに来れてよかったな」と。その後に見た奥さんの展覧会で、この絵を見つけたんです。

——坂元さんに会いに行った先で、この絵と出合ったんですね。

そうです。見た時に「すごくいいな」と思って。『恐い日常』には書いてないんですけど、以前借りた事故物件で、亡くなった方のご遺体がネズミや虫に食べられて、それをバクテリアなんかが分解したりしてできた土でカイワレを育てる…という体験をしたことがあって(『恐い食べ物』に収録)。「死から生が生まれる」というイメージが、この「蜂からキノコが生えている絵」と合致するなと思ったんです。

——本書にも蜂が出てくるお話がありますね。

そういえば書いたなぁ。「インゲンマメはイモムシに葉を食べられると、匂いを出してイモムシの天敵である蜂を呼び寄せるらしい」という話ですよね。電気機器に異変が起こるという怪奇現象も、恐怖やストレスを感じた人が電気信号を放出していることが原因なのではないか…という。

——坂元さんとの出会いから始まって、これまでの体験や今回の本にも重なる作品に、偶然たどり着いたというのもすごいですね。

そうですね。偶然であり、必然のような感じでしたね。

なぜ今、『日常』だったのか

——今年は『異界探訪記 恐い旅』『冥途探訪記 死の旅』の文庫化に続き、『事故物件生活 恐い日常』と3冊が連続で刊行されました。『恐い旅』『死の旅』は、異界や死とは何かを知るために各地へ出向く「旅」の本ですよね。終わりがある「旅」に対して、今も続く「日常」をこのタイミングで書こうと思ったのはなぜでしょう?

もともと何かエッセイのようなものを書けたらなと考えていたんです。先に『恐い旅』『死の旅』を文庫化するという流れが決まっているなかで、だったら「旅」に続くものだけど、真逆のものを書きたいなと思って、僕のすぐそばにある「日常」にしようと。

いろいろな場所に行ったり、住んでみたりした結果、「ここまでなら言葉にできる」というタイミングでもあったんですね。数年前だったら、この内容は書けていないので。

新たに怖くなったもの

——事故物件に住み始めた当初は、『“幽霊”と“死”というものに対して、漠然とした恐怖を抱いていた』とありましたが、13年間で25軒もの事故物件に住んだ今では「事故物件は怖くない」とおっしゃっていますよね。その一方で、新たに怖くなったものはありますか?

人間がむやみに怖がり続けることが怖いですね。事故物件に住む前は「みんなが怖いと思っているから自分も怖いんだ」と思って住んでみるわけなんですけど。住んでみると、人が亡くなった場所であっても聞いていたほど怖くはないと分かってくる。だから、自分の体験として「怖くないよ」と言えるんですけど、誰に言っても「でも、怖いでしょ?」になっちゃう。それって多分、簡単には変えられないことなんだろうなと思っていて。

むしろ、人っていうのは、どこかで恐怖を必要としているんだろうなと。だから、「人が抱く恐怖を取り除けない」ということが怖いですね。

神頼みではなく「本能頼み」

——一方で、本書では、自分の中にある恐怖をどう取り除くかについても触れていますよね。おもしろかったのが、その方法として「神」ではなく「本能」にお願いをしているところです。

何のせいで怖いんだろうと考えた時に、子どもの頃から教わってきた宗教観だったり、常識だったりで、恐怖を植え付けられた部分もあると思ったんです。「悪いことをしたら地獄に落ちる」とかね。それって作られた恐怖だなと思っていて。

それを省いたうえで、まだ「怖い」と思うものってなんだろうと考えたら、多分、生物としての怖さなんだろうなと。本能として感じる恐怖ですよね。

——なるほど。だから「本能頼み」なんですね(笑)

人間に「怖い」と思わせている本能が時代遅れなんじゃないかって思うんです。「もうそんな時代ちゃうねん」って。

遺伝子が今の時代に合わせてアップデートされるまでには、ちょっとズレがあるわけじゃないですか。だから本能がまだ時代に追いついてないなと。「その恐怖、もういらんねんけどな」って思うんですよね。

「自分で知る」ということ

——本書には、人間的な部分の「発見」も多く書かれていますが、事故物件に住み続けた結果、「人間というものが分かってきた」という感覚はありますか?

人間ってこういう考えを持っていて、こういう時こうしちゃうよなっていうのは、子どもの頃よりも分かってきました。

世間一般で言う「大人になる」というのは、よく分からないものや不都合な事柄に対して「こういうもんだから」と曖昧にして、それ以上は追究しないことだというのも分かってきた。でも僕の場合は、「こういうもんだから」で済ませないことが、自分にとっての「大人になること」かなと。

——『僕は怖いものが怖いまま大人になった』とも書かれていましたが、だからこそ、今、その追究を?

そうですね。怖いものが怖いまま大人になった。だから、大人になった今は、怖いものを「こういうもんだから」で済ませずに、「じゃあ、なんで怖い?」と分解しないと気が済まないんですよね。

——以前ラジオで、「血が巡ることで人間の体は動いている」ということに最近気づいたという話をされていましたよね。

あぁ、話してましたね(笑)。朝起きた時って、すぐには体が動かないじゃないですか。年を取ると朝にラジオ体操をしたり、ストレッチをしたりする人が多いのも、血を巡らせることで一日ようやく動き出せるようになるからなんだなって。40歳を超えて朝起きにくくなってきて、より気づいたというか。「血の巡りによって人間の体って動いてるんだな」っていう。

——その時、タニシさんが「そういうことか」と発見すること自体を楽しんでいるように感じたんです。

それまで知らなかったことに気づいたというだけでもあるんですけどね(笑)。

——そんなところからも、タニシさんは「人から聞いて知る」より、「自分で体験して分かる」ことで初めて知識が自分のものになるという感覚があるのかなと。

あぁ、確かにそうですね。言われてようやく気づきました(笑)。

事故物件との距離感

——13年間の事故物件生活を通して、タニシさん自身について新しく発見したことはありますか?

なんだろな。事故物件を好きになってる自分がいるなっていう発見というか。最初は怖い思いをしようとか、何かを見つけようとして住んでいたんですけど……なんか、事故物件が好きになってるというか、世間より事故物件との距離が近くなったというか……。

——逆に、世間の方が遠くなった?

そう!  世間が遠くなっていった(笑)!  僕にとっては、事故物件での生活の方が日常で。でも、世間が求めるのは、「事故物件ってどんだけ怖かった?」ってことなんだけど、住んだ結果、「事故物件はこんなに怖いんですよ」と世間に伝えようとすると、それは嘘になる。

そうすると、どんどん世間と離れていくというか。「世間側に立つか、事故物件側に立つか」と言われたら、事故物件側に立つように変わっている自分がいますね。

以前は世間側に立って「事故物件ってこうですよね」と言ってたんですけど、今は事故物件側に立って、「いやいや、世間の皆さんこう言ってますけど、事故物件はこうですから」っていう(笑)。

事故物件住みます芸人の「怖い」

——本書では、世間一般が感じる恐怖と、タニシさん自身が感じる恐怖が、ある法則で書き分けられていましたよね。その中で印象的だったのが、自分が事故物件に住んでいると知られることで、そこで暮らす人の日常を壊してしまうかもしれないという怖さでした。

それは怖かったですね。事件のあった一軒家を借りた時、周りは閑静な住宅街で、休みの日には子どもが庭で遊んでいたりする。その平和な日常を、自分が壊してしまうかもしれないという恐ろしさを感じました。

自分が、恐怖や負の連鎖の病原体になってるような感覚があって。その日常を守るためにも、ひっそりとしていなければいけない。人に嫌な思いをさせないことが、自分にとっての身の守り方でもあったのかなって。

いろんな物件がある中で、その家を借りることができて、そういう体験ができたことも、自分にとってはすごく大きかったですね。

——タニシさんの周りで起きた不可解な出来事もたくさん書かれていますよね。そこでは、起きた事実だけが淡々と並べられているように感じました。

起きた出来事について、それをおどろおどろしく描くことは僕にはできないんです。ただ、奇妙なことが起きたり、周囲から報告を受けたりしたことは事実なので、それを集めたら、ひとつの参考資料にはなるかなっていう。

——人は『不吉な出来事が起きたとき、幽霊や悪霊のしわざではないかと疑ってしまう』とありましたが、それと同じように、タニシさんの周りで何か起きると「タニシのせい」と言われる。タニシさん自身も、いわゆる霊障の「原因役」にされていることをどう感じますか?

「原因役」か。なるほどな。でも、そこがまだ自分の中で解決できていないんです。原因が分からないから、半分は「ほんまにそうなんかもしれない」と思う一方で、「あなたたちが勝手に僕のせいにしてる」という部分もある。その両方の可能性があるから、「こうだから、こうだ」とは言えない。

とはいえ、それを僕のせいにされるのが嫌なわけでもない。なんでそういうことが起きるのかは、ずっと解けない疑問のひとつですね。

弱さを見ないという選択

——本書では、「自分が何を怖いのかを知ることは、自分の弱さを知ることでもある」というところにも行き着いていますよね。

そうですね。ただ、自分の弱さを見ることだけが正しいわけでもないとは思っていて。「自分が何を怖いのかを知って、自分の弱さを知るべきだ」と全員に当てはめるのも怖いなと。弱さを見ないことで、日常生活を平和に送られている人たちもいるので。

「空っぽ」になって、また次の発見へ

——今年は3冊連続刊行で、「松原タニシ大放出」というような年でもあると思いますが、タニシさんの中にはまだ書きたいことが残っていますか?

今までずっと怪談を求められてきた中で体験したことや、自分が考えてきたことは、一回これで全部出し切ったかなと。だから、今はもう、空っぽですね(笑)。

——では、そんなタニシさんは今、何をしている時が楽しいですか?

人がまだ見つけていないものを見つけた時が楽しいです。

——やっぱり「発見」が?

うん。発見ですね。事故物件に住むっていうのも、ほかに同じことをしている人がいなかったから、すごい探りがいがあったんだろうなと。だから、これからもまた興味の対象を探していくんだと思います。……今は何も考えてないんですけど(笑)。

「守られること」が怖かった

——最後に、本書を読んで、タニシさんは「何かに守ってもらって生きる」という発想から、かなり遠い人なのかなと感じました。ご自身ではいかがですか?

うん。そうですね。過保護だったからじゃないかと思います。一般家庭の末っ子で、何の不自由もなく育ったんですけど、何かに守られ続けると、守られなかった時にどうすればいいのかが分からないじゃないですか。

親でも神仏でもスピリチュアルでも、「守られている」と思っていたら、その”大いなる力”がなくなった時に「どうすればいいの?」と。その恐怖がずっとあったから、それを克服したかったというのが、根底にあるのかなと思ってます。

——だから、「神頼み」をしないということでもあるんですね。

そうですね。何にも守られなかった時の恐怖を一番先に潰しておきたいという感覚があるから、「守ってもらう」という神頼みはできないんですよ。

だから、本当の怖がりなんだと思います。一番怖がりだから、怖いものをなくしていっているっていう。

でも、僕は守られてきたからこそ、「守られなかった時にどうしたらいいか」を先に考えることができた。それはとても幸運なことだったと思います。

松原タニシさんの公式YouTubeでは、『事故物件生活 恐い日常』についてご本人が紹介。本書に込めた思いや、その内容について、自身の言葉でたっぷりと語っています。タニシさんの“恐い日常”が気になった方は、ぜひこちらも覗いてみてください。

『異界探訪記 恐い旅』(二見書房)。未知の恐怖や不思議を求め、国内外157カ所の“異界”を巡った怪奇エッセイ。2026年、未掲載エピソードや写真を加えて文庫化。
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『冥途探訪記 死の旅』(二見書房)。各地に残る「死」にまつわる土地や風習、伝承、禁忌を訪ね、人間にとって「死」とは何かを探る旅の記録。『死る旅』を改題・増補し、2026年に文庫化。
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